情報のコーディネーター  第51号
         
 
       平成21年4月6日発行
          窮すれば通ず。 情報こそ反転の力なり。 コトバで心の壁を破れ。

               今回の目次
        □ 菫程な小さき人に生れたし
           ☆ 漱石という人
           ☆ 何が幸福かは分らない



  □ 菫程な小さき人に生れたし

    ☆ 漱石という人
 「菫程な小さき人に生れたし」という妙な句があります。
夏目漱石が明治36年(36歳の時)に作った句です。
イギリス留学から帰国して東京帝大の英文学講師になっていた頃です。

 漱石の先任はラフガディオ・ハーン(小泉八雲)というお雇い外国人でしたが、
学生の人気では圧倒的にラフガディオ・ハーンの方に軍配が上がっていました。

 ラフガディオ・ハーンという人はギリシャ系アメリカ人の新聞記者で、たまたま日本に
英文学を教えられる人材がいなかったので臨時に教師になったような人です。
 一方、漱石は日本という国家の期待を一身に担ってイギリスに送り出された人であり、
漱石にもその自負はあったと思います。 
しかし、漱石はラフガディオ・ハーンのような俄か教師にも勝てなかったのです。

 ロンドンで神経衰弱に罹り英文学研究に自信を喪失して帰国した漱石が、
学生を魅了するような素晴しい講義など出来る訳もありません。
                      
 そんな失望の時代に漱石が作った句が、「菫程な小さき人に生れたし」なのです。
既に、漱石は子規の「ホトトギス」に落語の語り口風の小説「我輩は猫である」を発表
していたのですが、神経衰弱療法を兼ねて書いたこの諧謔小説が意外にも好評を博し、
漱石に小説家としての才能を自覚させます。
そして、翌年には朝日新聞に招かれて本格的な作家としてデビューするのです。
 
 漱石は英文学者になるべく勉強していた人ですが、ロンドンそして東大で挫折し、
節から芽が出るようにして始まったのが作家への道だったのです。


     ☆ 何が幸福かは分らない
 それにしても「菫程な小さき人に生れたし」という句は、文豪漱石のイメージとはかなり
落差を感じます。  漱石の真意は、どこにあったのでしょうか。
 
 実は、漱石は小品「文鳥」の中で「菫程な小さい人」という言葉を使っています。
「咽喉の所で微(かすか)な音がする。また嘴を粟の真中に落す。 また微な音がする。
その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細やかで、しかも非常に速(すみや)か
である。  菫程な小さい人が、黄金の槌(つち)で瑪瑙(めのう)の碁石でもつづけ
様に敲(たた)いているような気がする」

 詩人の清水哲男氏は、この文から推測してこう解釈しています。
「人として生まれ、しかし人々の作る仕組みには入らず、ただ自分の好きな美的な行為
に熱中していればよい。 そんなふうな人が、漱石の理想とした「菫程な小さき人」であっ
たのだろう」
                       
 漱石が「我輩は猫である」「坊ちゃん」草枕」などの初期の作品を書いている時は、
正に自分の好きな美的な行為に熱中していたのだと思います。
自分の好きな美的な行為に没入することで、浮世のことが忘れられます。

 多分、作家になってやろうとも思わず、ただ自分の書きたかったことを書いたのでしょう。
「我輩は猫である」を今読みますと、筆致そのものは荒削りで相当なスピードで書き進め
られたものと想像されます。  

 朝日新聞に入社してからの作品は、作風もガラリと変わってドストエフスキーの小説の
ようだと云う人もいます。 結局、漱石は胃潰瘍その他の病気を患いながら、心身を削る
ようにして小説を書き50歳で亡くなります。 

 後半の職業作家としての10年は、決して「菫程な小さい人」などではなかったのです。
逆に「我輩は猫である」を書いていた頃つまりまだ作家としては未知数だった頃の方が、
漱石は幸福だったのではという気がして来ます。
                       
 「一隅を照らすこれ即ち国宝なり」という言葉があります。 
最澄の言葉ですが、漱石も知らない訳がありません。 
しかし、国家の期待を一身に担った漱石にそんな生き方は許されなかったのです。

 漱石のような人でも、「菫程な小さい人」が理想だったのです。
節から芽が出るような時というのは、それに気付く周りの人はほんの僅かです。
そんな一隅を照らすような時が一番幸福な時なのかもしれないのです。


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