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                   内容証明郵便でブレイク !     行政書士田中 明事務所

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                悪徳商法に絶対負けない消費者になる方法


      連帯保証契約と動機の錯誤

  最近、当事務所によく来る相談にこんなのがあります。  「債務者に懇願されて連帯
保証人になったら、債務者が1年〜3年で自己破産した。 私は債務者に騙されていた。 
連帯保証契約の無効を主張出来ますか」
  こんな短期間で自己破産になるということは、債務者が連帯保証人を依頼して来た当時
から既に経済的に破綻寸前の状態(借金の返済の為にまた借りるという自転車操業状態)
にあったと考えるのが自然です。
  そうとも知らない連帯保証人は自己破産の一時的な先延ばしの為に利用されたような
ものです。  債務者が最初から自己破産を計画して借金の肩代わりを連帯保証人にさせ
ようと考えていたのなら、債務者の行為には限りなく詐欺に近いものがあります。
 債務者は連帯保証人を依頼する際、台所が火の車であることを一切包み隠して、「迷惑は
絶対掛けませんから大丈夫です」などと云って安心させるのが普通です。                      
  そももそ連帯保証人になるということは、重い責任を負担するのみでそれから得る利益は
何もありません。 その意味では無償の慈善行為なのです。 
 連帯保証人を騙した債務者が自己破産・免責により債務を免れて、無償の慈善行為をした
連帯保証人に回収不能のリスクを被せるというのは、余りにも理不尽な話というべきです。 
一方、金融機関は調査義務を尽くしていればこんな融資は回避出来た筈であり、その点で
契約締結上の過失(注意義務違反)があったと云えます。
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  東京高裁平成17年8月10日判決で「短期間で倒産に至る程の破綻状態にはないと
信じたことに動機の錯誤があり、
動機は黙示的に表示されているとし、要素の錯誤に
より連帯保証契約は無効」と判示しています。

  新進気鋭の民法学者能登真規子滋賀大准教授に拠れば、従来の裁判例と対比して
本判決の独自性が最も示されているところは、「動機についての黙示による表示をその
法律構成の中に取り入れた点」なのだそうです。
  どういうことかと云いますと、「動機が表示されない時は「要素の錯誤」とはならない」
(最高裁昭和29年11月26日判決)とされていたのを、動機の黙示的な表示でも表示に
なると解釈した点が画期的なのです。

  黙示的な表示とはどういうことなのでしょう。
判決理由には、「およそ融資の時点で破綻状態にある債務者にために保証人になろう
とする者は存在しないというべきであるから、保証契約の時点で主債務者がこのような
意味での破綻状態にないことは、保証しようとする者の動機として、一般に、黙示的に
表示されているものと解するのが相当である」とあります。
  要するに、主債務者が破綻状態にないことが保証契約の内容になっていると、この判
決は判断しているということです。
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  四宮和夫氏の「民法総則第三版」を読んでいて、大変興味深い記載を見付けました。
整理しますと、
イ 昭和10年1月29日大審院判決では、動機の表示がなくても当事者の予期と事実
 との食い違いが著しい場合には要素の錯誤が認められると説いている。
ロ 近時の有力な学説は、錯誤はその性質上表示することと相容れないとし、取引
 安全との調和は「要素」の解釈及び相手方の事情(悪意又は過失の有無)で図るべき
 とする。 従って、無償行為の場合は、相手方の悪意又は過失は要らないことになる。
ハ また、相手の事情を考慮する学説の中には、錯誤に陥っている事項が錯誤者に
 とって重要であることを相手方が知り又は知りうべきであった場合に相手方の悪意
 又は過失を認めるべきとするものがある。

  東京高裁判決というのは、これらの従来からあった考え方を取り込みつつ伝統的な
見解と旨く統合させているように私には思えるのです。
  それから、空クレジットの連帯保証契約に関する最高裁平成14年7月11日判決も多分
影響を与えていると思われます。 この最判決では「空クレジットではなく正規の立替払
契約であることを当然の前提とし、これを保証契約の内容として意思表示をした」として
錯誤無効を認めています。
  本判決では空クレジットであるという事情を動機の錯誤というより当事者の前提事情
の錯誤だとしています。 
  しかし、空クレジットの連帯保証人になる者などいないという経験則からすれば、空クレ
ジットではないという動機が黙示的に表示されていると解することも出来ます。
  この最高裁判決こそ伝統的見解という呪縛を解き放つ画期的なものですが、これを踏
み台にして高裁判決はさらに動機の錯誤という民法最大の難問に切り込んでいるのです。
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  中小企業が融資を受ける際、代表取締役を連帯保証人にするのが通常であり、会社の
経営者として会社債務を連帯保証するに当たり情義性はありません。  
 しかし、個人の事業者が融資を受ける際には、親戚、友人、会社関係者、従業員などに
連帯保証人を依頼することになります。 これらの場合、債務者に義理があり断わり切れ
ないという事情で連帯保証人になることから、情義的保証人と呼びます。
 通常の連帯保証人と情義的保証人の違いはどこに現れるのでしょうか。
従来の判例では、債務者が自己破産して連帯保証人から錯誤無効が主張された時に
違いがあったようです。
  つまり、情義的連帯保証人というのは、義理でなるのであるから債務者の資力という
動機の影響は少ないと考えるのです。 ですから、通常の連帯保証人に比べ錯誤無効
が否定され易い傾向にあったのです。
  しかし、前述の高裁判決や最高裁判決では、この情義性は考慮されていません。
連帯保証人が事前に知り得れば連帯保証人になる筈もないという事情があれば、錯誤
無効が認められのですから、通常の連帯保証人との実質的な違いは解消したように思え
ます。
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  東京高裁平成17年8月10日判決は有力な学者の賛同を得ており、泣く連帯保証人
に関する伝統的見解に風穴を開けたと云えます。
  これまで、連帯保証人が債務者の支払能力を誤信していた場合、連帯保証契約の
錯誤無効が裁判で通ることは殆どなく、いつしか裁判官の間で泣く連帯保証人と呼ば
れるようになっていたのです。
 泣く連帯保証人の問題については、私の下記サイトをご参照下さい。
              泣かない連帯保証人になる方法

  昔、我妻栄という有名な民法の大学者がいましたが、その著書「新訂債権総論」(1964年)
にはこう書かれています。
「・・・・保証人と主債務者との間の事情は保証債務の内容に直接の影響を及ぼすもの
ではない。 主債務者に請願されて保証人となる場合が多いとはいえ、委託が無効でも
当然には保証契約の効力に影響はない。 
  また、主債務者が保証人を委託する際に、主債務について虚偽の事実を告げ、保証人
がこれを信じて保証契約を締結した場合にも、一般には、詐欺としては第三者の詐欺と
なり、錯誤としては単なる動機の錯誤となり、保証契約の効力には影響を及ぼさない」              
  これこそ法曹界でずっと支配的だった伝統的見解です。 裁判官も大学教授も弁護士
も我妻さんの本で民法を勉強していますから、この見解を当たり前と思っていたのです。
  しかし、今やっと我妻民法の呪縛から解き放たれようとしています。
民法第96条2項の第三者の詐欺を補完するものとしてある消費者契約法第5条(受託者等)
を我妻さんが知ったらどう思うでしょうか・・・・・。
  債務者に騙されて無償の慈善行為をした泣く連帯保証人の救済を図るべく、我妻説と
いう伝統的見解を振り切る狼煙を高らかに上げたのが、東京高裁平成17年8月10日判決
だったのです。
                       



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